「事業計画は揃っていますが、顧客・競合・市場の実測データが不足しています」
AIエージェントにフォルダ全体を見回らせると、こんな判定が返ってきます。書き始める前に、この診断を受ける。それが第6回の出発点でした。
手を動かす①:計画の前に「情報の健康診断」
中期経営計画は、材料が揃っていなければ書けません。そこで最初の作業は、現状認識に必要な要素がオントロジーに入っているかを、AIエージェント自身に検索・検証させること。「フォルダー全体を見回してまとめて、不足があればトピックで教えて」——この依頼だけで、エージェントは自社の強みの整理から「市場数値が不足」「顧客の一次情報が大幅に不足」といった診断まで返してきます。
講師が強調したのは、フォルダ構成を整えずにエージェントを使っても「そうじゃないんだけどな」という出力が大量に出るだけ、ということ。情報をステップごとに積み上げて統合する体制があって、初めてエージェントは経営の道具になります。
余談:オントロジーは「星座」になる
Obsidianというアプリにオントロジーのフォルダを読み込ませると、人物・組織・案件のつながりが星座のようなネットワーク図で見えます。誰が情報のハブになっているか、先週から星がどれだけ増えたか——週次でオントロジーを再構築する前後に眺めると、自分の情報資産の成長が視覚的に分かります。
手を動かす②:市場調査の答え合わせ — 「魚のいない池で釣りをしない」
前回の宿題だった市場調査を、教育事業の参加者がプレゼンしました。調べたのは総合型選抜(大学入試)の市場。入試全体の半分以上が推薦・総合型と言われ、塾市場の数字を重ねると数百億円規模に見えます。ところが——
総合型選抜を専業でやる競合の売上は、およそ3.5億円にとどまっていました。市場の見かけと、実際にそこで勝っている事業者の規模に大きなギャップがあります。分析の結果、原因は「店舗型」かつ「労働集約型」というビジネスモデルの限界にありました。さらに掘ると、早慶・GMARCH以上を総合型で狙う層は全体の約7%しかおらず、日東駒専レベルを狙う層が約14%と倍いる。狙うべき客層は、思い込みと違うところにいました。
講師のコメントはこうです。
「マーケットがないところに『ここには大きな魚がいるに違いない』と妄想して、一生懸命釣り糸を垂れる。小さな事業者は意外にこれをやるんです。魚のいない池で釣りをしていないか——それをデータでチェックできるのが、この調査です」
調査手法のリアル:売上はどこで調べるか
競合の売上は、ホームページには載っていないことがほとんどです。この参加者はIR記事に加えて就職サイト(求人情報)を情報源にしました。求人ページには売上規模がほぼ必ず書いてあります。この方法で15社を一社ずつ調べ、市場の実態をつかみました。
手を動かす③:中期経営計画は「随時更新のIR資料」
材料の検証が終わったら、いよいよ計画づくり。ここで計画の位置づけが再定義されました。上場企業の中期経営計画は3年に1回の更新が普通ですが、このクラスでは随時更新。そして読み手は自分だけではありません。投資家が見ることを意識した、分かりやすいIR資料として機能させる——計画は対外的な信用の道具でもあります。
作り方の要点は3つ共有されました。
- AIの出力を鵜呑みにしない。エグゼクティブサマリーを読み、自分の言葉と意志に合わせて修正する
- 修正は自分で書き換えるのではなく、AIエージェントに指示して整合性を保ったまま直させる。リサーチフォルダーを読み込ませ、調査結果を計画へ確実に反映させる
- アクションログと紐づけて、前回からの修正過程を記録する。計画は一度書いて終わりではなく、ブラッシュアップの履歴ごと資産になる
実際にこの日、教育事業の参加者は自分の中期経営計画をプレゼンし、実店舗という強みとオンラインの比率をどう設計するかまで、その場で戦略の調整が行われました。
運用の決定:PDFをやめて、Markdownにする
この日はクラスとしての運用変更も決まりました。作成するドキュメントを、PDFからMarkdown形式へ移行する。PDFは人間が読むには綺麗ですが、内容の修正にもAIによる読み込みにも手間がかかります。情報の再利用性とAIの処理効率を優先し、今後はMarkdownで書き、AIエージェントの管理フォルダに集約して運用します。必要になったときだけ、PDFやWordに書き出せば済みます。
ほかにも、現場のTipsが次々に共有されました。会議の記録は、相手の了承を得た上でメモ取り係としてもう一台のPCを会議に参加させ、AIに議事録を書かせる方法。分析の精度を上げるために個人の情報と会社の情報を分けて管理すること。受信箱に溜まった「ゴミ」データがAI分析を汚染しないよう、READMEに「無視すべきもの」を明記するデータ衛生の習慣。PCをスリープさせず、外出先からスマートフォンでAIに指示を出す運用まで——どれも、AIを日常の経営に組み込むための実務です。
底流にあるテーマ:労働集約から抜ける
市場調査のギャップ分析も、計画づくりも、この日の議論は一つのテーマに収束していきました。人を増やして管理コストを払う拡大モデルは、もう小さな会社の勝ち筋ではない。AIを活用した仕組みで、労働時間の線形な増加に頼らずに売上を伸ばす——中期経営計画は、その転換を設計図に落とす作業でもあります。
情報の健康診断を受け、魚のいる池をデータで確かめ、計画をIR資料として随時更新する。中期経営計画は「書き上げる」ものではなく、オントロジーの上で「育てる」もの——その運用が、今回から始まりました。
この回の内容を、教科書で体系的に
この回の内容は、SOVREN Framework(無料・オープンソース)の教科書 S2「情報をまとめて使えるようにする」 に、市場調査から中期経営計画づくりまでの手順として体系的にまとまっています。